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大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)1724号 判決

控訴人 津村利雄

被控訴人 広瀬隆彦

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審ともに被控訴人の負担とする。

本件につき京都地方裁判所が昭和四五年五月一日にした強制執行停止決定を取消す。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一、二、三項と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実に関する陳述及び証拠の提出援用認否は、控訴代理人において

1  控証人と被控訴人間の京都地方裁判所昭和四二年(ワ)第一四八号株式返還請求事件判決(本件債務名義判決)の主文第二項は、同第一項の株式引渡請求の履行不能による填補賠償ではなく、執行の方法としての代償請求である。

2  本件株券引渡請求権は、昭和三九年五月二八日、控訴人と訴外小畑乳業株式会社の間の株券消費貸借につき、被控訴人がした連帯保証契約にもとづくものである。株券の消費貸借は、株券の性質上、これを現金化して消費するものであるから、その経済的目的は金銭の消費貸借と異らない。借主である小畑乳業は、貸与を受けた株券を現金化して運用し、返還期日に同種同数の株式を株式市場で買入れて返還すればよいのであつて、その連帯保証人である被控訴人の債務もこれと同一である。それゆえ、株券の消費貸借においては履行不能はありえない。ただ、被控訴人が株式市場で株券を買入れて所持しているのであれば、控訴人はこれを直接強制により執行することができるのである、この意味で、この債務の性質は「与える債務」ではなく「為す債務」であつて、不履行のときは控訴人が被控訴人から買入代金相当の現金の支払を受けて株式市場から株券を買入れ、本来の債務の履行を受けたのと同様の利益をうることができ、代替執行が可能である。本件債務名義判決主文第二項は、同第一項の「株券引渡」の執行が不能のとき、その代替執行を許す趣旨を含むものである。

3  被控訴人の主張によると、被控訴人が債務の本旨に従つて履行すると、九、〇〇〇株の株券の引渡と執行のときまでの遅延損害金(本件では金一、六六四、一七五円)の支払をしなければならないのに対し、これを履行しなければ金一、二七八、〇〇〇円の代償金の支払で全部の債務を免れるということになり、その解釈がいかに不合理であるかは、この点からも明らかである。

と述べたほかは原判決事実摘示と同一(但し、原判決二枚目裏五行目末尾に「すなわち、本件債務名義判決主文第一項表示の請求権のうち、金員支払の部分は、本来の給付である株券引渡を遅滞したときの、いわゆる賠償額予定契約によるものであり、本来の給付請求に附加される従たる権利であり、本来の給付に代る填補賠償の請求とは本質上相違があり、本来の給付請求と運命をともにすべきものである。そして、本来の給付とともに請求される損害賠償が約定された場合には、それを請求し得るのは、本来の給付を請求し得る場合に限るものと解釈すべきであり、本来の給付に代る填補賠償を請求する場合にまでこれを約定したと解釈するのは、当事者の意思に合致しない。それ故本来の給付請求権(株券引渡請求権)が填補賠償請求権の行使により消滅に帰した以上、これに附属する遅延賠償請求権も当然に消滅する。もし遅延賠償が別に請求し得るとすれば、それは債務者が一般に予見し得ない事情による損害でなければならず、右の予見可能の事由は債権者の主張、立証を要するというべきところ、本件債務名義判決は、本来の給付義務(株券引渡義務)が、これに代る填補賠償に転換された場合には、本来の給付についての遅延損害金を別個に請求することができないと判示して、その請求を棄却したのであり、その上訴はなかつたのであるから、本来の給付が執行不能に終り、填補賠償請求権が行使された以上、控訴人は本来の給付についての遅延損害金を請求することはできない。」を、同三枚目表六行目の末尾に「けだし、遅延損害金は、実体法上の履行不能を原因とするもので、本件ではその発生はすでに債務名義判決で確定された事柄であり、昭和三九年一一月三〇日の不履行により、現実に発生を続けていたものであるから、それが既往に遡つて消滅する理由はない。本来の給付に代る填補賠償請求の場合に、予定された遅延損害金を請求できないというのは、実体法上の履行不能の場合の問題であつて、履行不能を前提としない執行不能に基く代償請求の場合には関しない。実体法上の問題としても、履行遅滞により遅延損害金が発生した後に履行不能を生じたときは、両方の責任は併存するのである」をそれぞれ付加)であるから、これを引用する。

理由

控訴人の被控訴人に対する債務名義として、原判決末尾添付別紙記載の京都地方裁判所が昭和四五年一月一四日に言渡した昭和四二年(ワ)第一四八号株式返還請求事件確定判決(本件債務名義判決)が存在すること、同判決の主文第一項には、「被告(本件被控訴人)は原告(本件控訴人)に対し、京都証券取引所に上場されている東洋工業株式会社の株式九〇〇〇株の株券を引渡し、かつ、各一株毎に昭和三九年一二月一日よりその引渡済まで、金一一八円に対する一〇〇円につき一日八銭二厘の割合による金員を支払え。」、第二項には、「前項の株券引渡の強制執行が不能のときは、被告は原告に対し、その引渡不能の株式数につき一株金一四二円の割合による金員およびこれに対する右執行不能の日の翌日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。」、第三項には、「原告のその余の請求を棄却する。」との記載があること、控訴人は、昭和四五年三月二五日、本件債務名義判決主文第一項記載の株券引渡の強制執行に着手したが右強制執行は全部不能に終つたこと、被控訴人は、同日、同判決主文第二項記載の、引渡不能の九〇〇〇株につき一株金一四二円の割合による金員として、金一、二七八、〇〇〇円を控訴人に支払つたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

被控訴人は、本来の給付に代る填補賠償金である右金員の支払により、本来の給付請求権は消滅するから、その従たる権利に該当する本件債務名義判決主文第一、二項に表示されている請求権は全部消滅したと主張するのに対し、控訴人は、単なる執行不能の場合の代償請求金である右金員の支払は、実体法上の履行不能を原因とする遅延損害の発生、消滅に直接関係なく、後者は本件債務名義判決でその発生要件が確定せられ、実体法的債務不履行があつた昭和三九年一一月三〇日の翌日たる同年一二月一日よりその引渡済まで(すなわち執行不能となつた昭和四五年三月二五日まで)にすでに発生してしまつているから、その後の執行不能により生じた代償請求金の支払によつては消滅していないと抗争するので、この点について判断する。

株券その他の物の引渡を命じるとともに、その執行不能のときには、その履行にかわる損害金(填補賠償)の支払を命じる判決がなされた場合において、債権者が、本来の給付の執行に着手し、それが執行不能となつたために、填補賠償たる損害金の給付の執行に着手したときには、債務者は本来の給付につきその義務を免れるものと解せられるが、これによつて義務を免れるのは、右執行不能により発生する填補賠償請求権が設けられた目的たる請求権、すなわち、これによつて代替されるところの本来の給付請求権自体に限られるのであつて、たまたま当該判決において、この本来の給付に付帯して、その履行遅滞による遅延損害金の支払が併せ命じられている場合であつても、特に右遅延損害金が本来の給付と一体にされて填補賠償の対象とされている等、他に特段の事由がない場合は、債権者が本来の給付の執行不能により填補賠償たる損害金の給付の執行に着手したとしても、それによつては、債務者において本来の給付義務を免れ、それ以後は、その給付について遅滞の責を負うこともなくなるにとどまり、それ以前の問題、特にそれ以前にすでに発生し、独立の存在を取得してしまつている遅延損害金債権の運命には当然に影響を及ぼすものではなく、従つて右既成債権は当然に消滅するわけはない。

これを本件の場合についてみるに、前示のとおり当事者間に争いのない本件債務名義判決の主文、事実及び理由を綜合すると、控訴人(右判決事件の原告)は、訴外小畑乳業株式会社に対して、東洋工業株式会社の株券二万株ほかの株券を、もし返還期日に右株券の返還を遅滞したときには、返還期日の時価に対し日歩八銭二厘の遅延損害金を支払うとの特約を付して、消費貸借により貸し与え、被控訴人(右判決事件の被告)は小畑乳業の右消費貸借上の債務につき連帯保証をしたが、小畑乳業は貸与を受けた株券中、東洋工業の株式九、〇〇〇株の株券を返還しないと主張して、(1) 右九、〇〇〇株の株券の引渡、(2) 株券引渡の執行不能のときは、これに代る損害賠償として、口頭弁論終結時の株式の時価による損害金の支払、(3) 右株券引渡または損害金支払のいずれの場合にも、株券返還期日の翌日から株券引渡または損害金支払ずみまで前記特約による遅延損害金の支払を請求したこと、これに対し本件債務名義判決は、右(1) の株券引渡、(2) の填補賠償たる損害金の各請求、および(3) の遅延損害金のうち(1) の株券引渡義務の遅滞による約定遅延損害金については、これを全部認容したが、(2) の填補賠償たる損害金の遅滞による遅延損害金については、執行不能の日の翌日から支払ずみまで年六分の割合による部分のみを認容して、その余の部分を棄却し、その理由として、(イ)株券返還の執行不能の場合に、これに代る損害賠償債権は、現実に執行不能になつたときに、期限の定めのない債権として、発生する。従つて、現実に執行不能となる前に遅滞を生じる余地はないが、株券引渡の執行着手は、同時に執行不能の損害賠償の催告とみられるから、そのときから遅滞に陥り、その翌日から遅延損害金を付すべきである。(ロ)控訴人は株券引渡に代る損害金についても、株券返還の履行期から支払ずみまで、履行期の株式の時価に対する約定の日歩八銭二厘の割合による遅延損害金の請求をしているが、この約定は本来の株券の給付義務についての遅延賠償の額の予定であるから、本来の給付義務がこれに代る填補賠償に転換された場合には、本来の給付についての遅延損害金を別個に請求することはできず、その填補賠償債権についての遅延損害金を生ずることになり、この場合に約定の日歩八銭二厘の率は当然には適用されず、商法所定の年六分の率によるべきである。(ハ)それゆえ、株式引渡が執行不能のときの賠償請求については、執行不能の日の翌日から完済まで年六分の遅延損害金を請求しうるにとどまり、株式返還期日から執行不能の日までの遅延損害金と執行不能の翌日以降の遅延損害金のうち商事法定利率の年六分の割合を超える部分は理由がないとの旨を判示していることが明らかである。すると、本件債務名義判決は、株券引渡の執行不能による填補賠償の額を、単純に弁論終結の日における株券の時価と同額としていることからみても、填補賠償の目的とされたのは株券引渡義務のみであつて、その返還期日から執行不能の日までの間の遅延損害金を含むものではなかつたと解せられる(このことは、それ自体金銭債権である遅延損害金債権につき執行不能を理由とする填補賠償を考えることは無意味でもあることや、本件債務名義判決によると、株式返還期日の翌日の昭和三九年一二月一日当時の東洋工業の株式の時価は一株一一八円であり、口頭弁論終結の日は昭和四四年八月二八日であることが認められ、この間(約四年九ケ月)の遅延損害金を約定の日歩八銭二厘(年約三割)の割合で計算すると、填補賠償額の算定基準とされた一株一四二円を、口頭弁論終結のときにおいてさえ、大きく上廻つていることによつて裏付けられる)。もつとも、この点に関して、被控訴人は、本件債務名義判決は、株券引渡が執行不能となつた場合には、執行不能の日より以前の遅延損害金請求は、本来の給付に対する分は勿論、填補賠償に対する分までも、ともに棄却している旨主張するのであるが、前認定の事実によると、本件債務名義判決は、填補賠償に対する遅延損害金について、まず株券引渡が執行不能となる以前の段階の問題として、そこでは遅延損害金の発生する余地はないが、執行不能の翌日から遅延損害金を付すべきである旨を説示したのち、その率について、本来の給付の場合の特約はその適用がなく、法定利率によるべきことを判示しているにすぎず、その理由中に、右(ロ)の記載のとおり「本来の給付義務がこれに代る填補賠償に転換された場合には、本来の債務についての遅延損害金を別個に請求することができず、」とあるのも、本来の給付請求権が現実に執行不能となるまでは、填補賠償請求権の履行遅滞はありえず、遅延損害金も発生しえないことを前提としたうえで、本来の給付義務が執行不能により填補賠償に転換された「場合」に(この「場合」とは、転換を生じた事案について、転換の以前、以後を含む一切の期間を指すと解すべきではなく、転換以後の場面のみを指称しているものと解するのが至当である)、それよりのちに発生する填補賠償請求権の遅延損害金の率を判断するにあたり、転換後は本来の債務の遅延損害会はもはや新たに発生することなく、これを填補賠償の遅延損害金と別個に請求することができないから、これを手がかりとして約定の日歩八銭二厘の割合による遅延損害金を請求することもできないことを説示する趣旨のものと解するのが相当であり、右の記載をとらえて、本件債務名義判決が、株券引渡の執行不能により填補賠償に転換した場合の転換前後の全期間を通じての論議と解し、この解釈から株券引渡期日から右執行不能の日までの間の株券引渡請求権の遅滞による遅延損害金請求権まで棄却しているものとすることはできない。代償請求の場合の遅延損害が、一般に、債務者の予見外の特別事情であり、右裁判では、その主張、立証がなかつたために、この損害金請求が棄却されたとする主張は、被控訴人の独自の見解に基く解釈であつて右判決主文第一項後段の独立存在を肯定する解釈とも牴触し、採用に価しない。結局、本件債務名義判決は、主文第一項による株券引渡とその遅延損害金支払の各義務のうち、株券引渡が執行不能となつたときは、株券引渡自体に代る填補賠償として、主文第二項による損害金元本の支払を命じ、かつその支払を遅滞したときには右執行不能の日の翌日から完済まで商事法定利率により遅延損害金の支払を命じ、填補賠償に対する遅延損害金のうち、株券引渡期日から執行不能の日までに対する部分と、その翌日から完済までのもののうち商事法定利率を超える部分を棄却したにとどまり、主文第一項において認容されている株券引渡の遅滞による遅延損害金請求は、株券引渡が執行不能であるとして、填補賠償について執行が行われることによつて、被控訴人が株券引渡義務を免れ、その結果として以後遅延損害金も発生しなくなることはあつても、株券引渡が執行不能となる以前に、株券引渡の遅滞によりすでに発生していた遅延損害金請求権は、たとえその後株券引渡が執行不能となり、填補賠償に転換しても、それによつてなんら消長を来たすことはなく、(このことは、実体法上一旦履行遅滞が生じた後に履行不能が起つた場合に、この両者から生ずる損害が併存的に肯定される解釈と軌を一にする)本件債務名義判決によつて、その強制執行も許されるものというべきである。

よつて、右請求権が消滅ずみであるとして執行不許を求める被控訴人の本訴請求は、失当たるを免れないから、これを認容した原判決を取消して、その請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、強制執行停止決定の取消とその仮執行の宣言につき同法第五四八条第一、二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川種一郎 林繁 平田浩)

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